2020.6.19 ricca雪の系譜バッカス2019・riccaスパークリング2018を発売しました。 2020.6.1 インスタグラム の運用を開始しました。 2020.5.1 オンラインショップ を拡充しました。 2020.4.25 宝水ロゼ2019 をリリースしました。 2020.4.25 ここ最近、小さなワイナリーやヴィンヤード(ワイン用のぶどう畑)が次々と誕生している空知エリア。いずれも土地の特徴や風土を味わいに表現しようと、つくり手が工夫を凝らしながらワイン醸造やぶどう栽培に向き合っています。岩見沢市宝水エリアにワイナリーとぶどう畑を構える「宝水ワイナリー」もその一つ。ワインメーカー(醸造家)は久保寺祐己さん、28歳。若きつくり手が、おいしさを醸すために情熱を傾けています。, 「ようこそ! 道に迷いませんでしたか?」

取締役 杉山 幹夫 取締役 久保寺 祐己 株式会社 宝水ワイナリー: 事業内容: 果実酒製造・販売. 本社・工場 〒068-0837 北海道岩見沢市宝水町364番地3 tel(0126)20-1810 fax(0126)35-7200. 大切にしているのは、 つくり手の思いを伝えること。 札 幌の北部から旭川の南部にかけて、北海道有数の穀倉地帯である空知振興局は、現在、6つのワイナリーと3つのヴィンヤードが集まる。 空知のワイナリーの特徴は、ひとつひとつが家族経営の小さな規模で丁寧につくられていること。 道岩見沢市宝水町364番3 宝水ワイナリーの誕生は2006年. 就職活動を目前としていた学生時代に2泊3日で宝水ワイナリーを訪問。そのときの「ブドウ畑と醸造施設が併設していて、まさに自分が思い描く6次産業化のイメージだ」という直感により、宝水ワイナリーに就職したそうです。

設立: 2004年6月2日: 資本金: 5,340万円: 役員: 代表取締役 倉内 武美. 宝水ワイナリーには「ぶどうのなみだ」の記念コーナーも。 倉内さんは現在72歳。ご自身の農地は4代目となる息子さんが受け継ぎましたが、今も畑を手伝ったり、宝水ワイナリーのぶどう栽培に汗を流したり、とにかく忙しい毎日を送っています。 電話:(0126)20-1810 Fax:(0126)35-7200 Tel:(0126)20-1810 Fax:(0126)35-7200, <新型コロナウィルスに対する営業方針について>, 新型コロナウィルス対策として、従業員のマスク着用・衛生管理の徹底を行っています。, 試飲の中止・店内でのご飲食をお断りしています。どうぞ御了承下さい。, RICCA雪の系譜レンベルガー2019・オレンジピンク2019を発売しました。, レゲント2019・トラミーナ2019を発売しました。, ナイアガラ2019を発売しました。, RICCA雪の系譜バッカス2019・RICCAスパークリング2018を発売しました。, 電話:(0126)20-1810 Fax:(0126)35-7200, ソフトクリーム「ヴィアグレスト」.

岩見沢の宝水ワイナリーでワインメーカー(醸造家)として働く久保寺祐己さん。本州から海を渡り、北海道でワインづくりと向き合うことにした理由や仕事にかける情熱をお聞きしました。 ワイナリーをもちたいというワイン好きにお薦めしたい / 最近、またワインがブームが到来している。国税庁の調査によればワイン市場は拡大傾向にあり、2012年以降、第7次ワインブームとよばれている。輸入ワインでは比較的リーズナブルな価格帯のチリを中心としたワインが台頭している。 364-3, Housui-cho, Iwamizawa-city, Hokkaido 068-0837 JAPAN 『2006年6月に醸造免許を取得し、ワイナリーとしてスタート。 「テロワールが溶け込んだ手工芸のワインを。」をコンセプトに、積雪2mを超える雪国で遅い春と早い冬の間、短期間に情熱と汗を注ぎ込み、その年のワインになる葡萄を育てます。 岩見沢に移住し、ワインづくりに奮闘する若者。(2018年7月17日公開), この記事は2018年5月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。. 宝水ワイナリー(岩見沢市)に行くならトリップアドバイザーで口コミ(33件)、写真(70枚)、地図をチェック!宝水ワイナリーは岩見沢市で1位(35件中)の観光名所です。 地元の誇りもワインに詰めて。株式会社宝水ワイナリー(2018年7月17日公開), この記事は2018年5月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。. 宝水ワイナリーの扉を開くと、飛び切りさわやかな笑顔の久保寺さんが迎えてくれました。さっそくお話をうかがったところ、ご出身は山梨県なのだとか。日本でも有数のぶどう産地にしてワイン王国でもありますね。, 「だけど、地元に暮らしていたころはそもそも未成年でしたし、ワインにふれる機会は小学校の工場見学くらい。昔はまったく興味がなかったんです(笑)」, 何とも意外な言葉が飛び出しました。久保寺さんは数学や物理、化学が大好きで一度は大学の理系学部に進学。ところが、学びの中で生物分野と出会い、とりわけ微生物による発酵過程の不思議さに取りつかれたというのです。, 「散々悩んだんですが、大学を中退して醸造免許を持つ東京の専門学校に通い直すことにしました。ぶどうや米といった原料が、酵母や酵素など微生物の力でお酒に加工される瞬間がたまらなく魅力的で...マニアックですよね(笑)」, 専門学校ではビールや日本酒の醸造も学びましたが、久保寺さんが最も興味を抱いたのがワインの世界。酒米や麦芽などの原料は自ら手掛けられることは少ない一方、ワインはぶどう栽培にも携われる可能性が高いところに心をひかれたといいます。, 「就職先は地元の山梨という選択肢もありましたが、北海道のワインはまだまだ成長過程。だからこそ、いろんなチャレンジにトライできる伸びしろを感じたんです」, 宝水ワイナリーは自社のぶどう畑を持ち、その原料からもワインを仕込んでいます。久保寺さんが理想とするワインづくりを実現するにはまさに打ってつけの環境。迷うことなく就職と移住を決めました。, 久保寺さんが宝水ワイナリーに就職したのは2014年。それまで北海道には旅行でも訪れたことがなく、岩見沢と聞いてもどこにあるのか分からなかったと笑います。, 「豪雪地帯ということで最初は不安でした。山梨は年に2〜3回雪が降る程度ですし、根雪になることはありません。雪道の運転はおっかなびっくりでしたが、さすがに今はもう慣れましたね」, 新人時代は前任のワインメーカーから仕事をミッチリ叩き込まれたという久保寺さん。まずは土を掘り起こす農機やぶどうの実をつぶすプレス機、貯蔵タンクの冷却装置といった機械類の扱い方を学びました。, 「雪解けごろから9月まではぶどう栽培の仕事がメイン。剪定(果樹の枝の一部を切り揃えること)や仕立て(ツルや葉を棚などに這わせること)などの作業で育成の微調整をかけながら、この日までにこの作業をするというようにスケジュールを決めて動いています。例えば雨が続いて湿気が多そうなら薬を使うなど、先手先手を打ってぶどうを育てるイメージです」, 9月の中旬から11月の初旬にぶどうを収穫すると、いよいよワインの仕込み。ぶどう果汁の発酵中は絶え間なく状況が変化し、その都度対処が必要なのだそうです。, 「朝は良い香りを放っていたのに、1時間後には匂いが変わるなんてこともザラ。微生物は目に見えないですから、味覚と嗅覚、聴覚を頼りに、温度や混ぜ方を調整したり、空気にふれさせたり、常に試行錯誤しています。一人立ちした4年目から、ようやく感覚がつかめてきました」, ワインを仕込む1〜2カ月間は、久保寺さんにとって真剣勝負。この時期ばかりはほとんど休みを取ることはなく、細かな反応の変化も見逃すまいと神経を研ぎすませながら醸造と向き合っています。, 「当然ながらワインを仕込むのは年に一回。前年の課題をクリアして挽回するチャンスは一度きりですし、一生を通してみても40〜50回しかぶどうを絞れません。そう考えると気合いが入ります。ただし、体調管理のためにも作業スケジュールを調整することが大切。自分を休ませるのも仕事のうちですからね」, 怒濤の仕込みが終わり、ぶどう栽培が始まるまでの1〜3月はようやく心を休められるとか。久保寺さんは岩見沢のマチナカに住んでいて、少しクルマを走らせれば生活必需品も洋服も何でもそろう環境です。外に出かけることも多くなるのでしょうか。, 「それが仕込みに気合いを入れすぎて家で過ごしがちかも(笑)。でも、思い立ったらスノーボードに行ったり、ワイン技術者の交流会に参加したり、楽しみながら過ごしています。両親や友人を富良野や札幌に案内することもありますしね」, 久保寺さんが岩見沢に移住し、ワインメーカーとして働き始めてから5年目。最後に今後の目標を尋ねると、表情をキリリと引き締めてこう語りました。, 「ウチは小さなワイナリーですが、それでもぶどう栽培を手伝ってくれるパートさんがいて、経理や事務作業にあたる職員がいて、ワインを売ってくれる営業がいて、そして会社の行方を左右する醸造を僕に任せてくれる社長がいます。いろんな人の思いや希望を一心に背負ってワインづくりと向き合っているからには、岩見沢の人に誇りを持ってもらえる一杯を仕込み続けるのが使命なんです」, 宝水エリアはかつて海の底だったとか。ぶどうの樹齢が増し、根が土の深くへと張っていくほどに塩分やミネラルをふんだんに蓄えた濃厚な実をつけるようになるそうです。久保寺さんも、ぶどうも、いわばまだまだ成長過程。来年、再来年、その先のおいしさの進化に期待が高まります!, 北海道で暮らす人・暮らし方

2001年 家族経営の山崎ワイナリーが誕生。北海道産のワインの可能性を示した大きな役割; 2002年 岩見沢市の補助事業として「岩見沢市特産ぶどう振興組合」を設立(宝水ワイナリーの前身) >このまちのあの企業、あの製品>地元の誇りもワインに詰めて。株式会社宝水ワイナリー, 岩見沢市宝水地区の一角。なだらかな斜面にぶどうの果樹が並び、頂きのあたりには山小屋風の醸造工場兼ショップと木製風車が佇んでいます。まるでヨーロッパを彷彿とさせる美しい景色。ここは2014年に公開された映画「ぶどうのなみだ」のロケ地としても知られる「株式会社宝水ワイナリー」。代表取締役の倉内武美さんに、まずは土地の歴史からひも解いてもらいました。, 宝水地区はもともと野の沢と呼ばれていた岩見沢の水源地。大正9年にダム湖が完成すると、その水は付近の炭鉱や北村地区の農地へと運ばれていたそうです。この地域の産業を支える宝の水というイメージから、ダム湖はいつしか宝池と呼ばれるようになりました。, 「昭和37年に地番改正が始まり、このあたりの名称を変えることになりました。私の親世代が寄り集まり、宝池の良い水が出る地域という理由から宝水町と名付けることにしたんです」, 倉内さんは宝水地区に生まれ育った農家の3代目。お父さまから農地を受け継いで以来、米や麦を手掛けていました。ぶどうと出会ったのは35年ほど前。知り合いの農家が畑の連作障がいを防ぐためにぶどうを栽培していて、倉内さんにもつくってみるようにすすめたといいます。, 「ま、軽い気持ちでぶどうの果樹を植えてみるかって(笑)。当時は収穫したぶどうを小樽の『北海道ワイン』さんに出荷して原料を供給していました」, ところが、2000年代初頭の9月、突如として転機が訪れます。当時の岩見沢市長が宝水地区の農道をクルマで走っていた際、倉内さんのぶどう畑の前で停車し、斜面を駆け上がってきたというのです。, 「エラい剣幕で驚きましたよ。この作物は何かと問われ、ぶどうだと答えたら『素晴らしい景観だ。宝水町でぶどうをつくり、ワインを醸造することはできないか』と。当初は面食らいました。こんな田舎の農家ができっこないって。ワインというよりも甘いぶどう酒しか飲んだことがなかったし、ふだんはもっぱら焼酎の梅割ですから(笑)」, 倉内さんの戸惑いとは裏腹に、岩見沢市の動きはスピーディでした。まちにワイン産業を起こそうと東奔西走し、2002年には市の補助事業として「岩見沢市特産ぶどう振興組合」を立ち上げたのです。宝水地区の農家の有志は現在の宝水ワイナリーの地でぶどう栽培に乗り出し、畑が10ヘクタールになったら醸造工場を建てようと団結しました。, 宝水ワイナリーの設立は2006年。ぶどう畑の面積は目標に達していなかったものの、ワイナリーの初代代表が岩見沢市や空知総合新興局と掛け合い、北海道の地域政策振興資金や銀行融資を得たことで予定よりも早く計画が進みました。, 「当初は自社のぶどう畑から十分な量を収穫できなかったので、デラウェアやキャンベルアーリーという赤ワイン用の品種を仕入れ、醸造免許の取得と同時に仕込みを始めました。ただ、先代が1年ほどで退陣を余儀なくされ、残ったのは借金と在庫の山。え? そんな状況でなぜ代表を引き継いだかって? 岩見沢市の職員さんや銀行員の方から後継者は私しかいないといわれたから(笑)」, あっけらかんと語る倉内さん。けれど、胸のうちでは情熱が静かに燃え上がったのでしょう。農閑期に働いていた酒問屋のツテを活用し、札幌のお店で自社のワインをアピールしたり、遠く夕張の酒屋で商品をおすすめしたり、さらに、東京のコンサルティング企業と手を携えて関東にも販売圏を広げました。, 「でも、知名度が低く、味も未知数のワインがそう簡単に売れっこないですよね。当時は頭を抱えましたよ。自社のぶどうの収穫量も安定しない時期でしたから、余市の農家さんから買い取ったり、私個人の畑からタダで分けたり、いろいろと工夫を凝らして生産量をなんとか増やそうと努めました。すでにワインメーカー(醸造家)や職員を雇用していたので、自分は無報酬でも良いから彼らの給料を支払い、会社をつぶさないようにって必死でね」, 事態が好転したのは2008年のこと。自社農園で収穫されたぶどう100%の「RICCA(リッカ)」が国産ワインコンクールで銅賞を受賞しました。雪の結晶をモチーフにした北の大地らしいラベルが目をひくこともあり、少しずつ名前を覚えてもらう機会が増えていったそうです。, 岩見沢市は豪雪地帯。宝水ワイナリーのぶどうは、雪がふとん代わりとなって根を寒さから守るように植えられています。けれど、積雪が多すぎては雪の重さで枝が折れる危険もあり、少なすぎても根が寒さに耐えられずに死んでしまうとか。雪害や冷害に悩まされて自社のぶどうがなかなか収穫できない時期が続きました。, 「上手く育たない品種を植え替えたり、接ぎ木したり、あの手この手でぶどう栽培を試行錯誤してきました。それは今ももちろん同じ。何が岩見沢宝水地区の風土に適しているのか模索しながら畑と向き合っています」, それでも2012年にはぶどう栽培に注いだ努力がようやく実り、収穫量が20トンを超えました。追い風となるように2年後には「ぶどうのなみだ」のロケ地として宝水ワイナリーの名は一躍有名に。本州各地の映画ファンはもちろん、海外からもその景観を一目見たいと訪れる人が格段に増えました。, 「宮崎県の女性が一人で訪ねてきたり、遠く沖縄からクルマを走らせてわざわざ工場を見学してくれたり、そんな多くの人とワイナリーでふれ合いながらお話しできるのがうれしくて。かつて宝水地区に住んでいた人から、『苦労しただろうけど名が知られるようになって良かったね』なんて電話をもらうことも。本当にありがたいことです」, 倉内さんは現在72歳。ご自身の農地は4代目となる息子さんが受け継ぎましたが、今も畑を手伝ったり、宝水ワイナリーのぶどう栽培に汗を流したり、とにかく忙しい毎日を送っています。いずれはお孫さんが農家の5代目となり、息子さんに宝水ワイナリーを託すのが夢。そのためにも「引退なんていっていられないんです」とニッコリ。, 「宝水ワイナリーは岩見沢の人たちの期待を背負って始めた会社。まして自分は宝水町で生まれ育った農家の3代目だからこそ、ワインに『宝水』の名がついていることに誇りを持っています。今は若いワインメーカーも情熱を注いでおいしさを醸してくれていますから、彼らのためにも体力が続く限り頑張らなくちゃ!」, 宝水ワイナリーのショップ。倉内さんもお店に立つ日が多いとか。ワインもさることながら、ソフトクリームも大好評。, このまちのあの企業、あの製品

営業時間:10時~17時, HOUSUI WINERY Co.,Ltd.