オレが都倉の名前を出すとdisかと思うでしょうまぁぶっちゃけ最初の記事から更に色々あって現在私的嫌いなJリーガーぶっちぎりで第1位なのは間違いありませんまた記憶に新しい幻の「セレッソの恋人」事件でセレッソというチームの商品開発部には非常に憤りを感じたのも事実です, …が、鈴木武蔵が長崎からコンサに来る時に長崎サポさんからとても丁寧にどんな選手か教えて頂いた時の親切心には非常に感謝と尊敬の念を持っており、コンサポの品位を守るべくあえて真面目にセレッソサポさん向けにどんな選手か細かく特徴を書いていきたいと思います※この時点で具合が悪くなったコンサポはそっと閉じて深呼吸して下さい, まぁぶっちゃけ早く取説寄越せやというのがセレサポさんの総意だと思うのでここからは彼のプレースタイルや能力に関係する話を中心に進めます彼の能力については2017年度、2018年度で大きく戦術や使われ方が変わったのでこの2年を中心に書いていきます, ・2017年 久々に昇格したコンサは戦力的に劣る為守備的な戦術を取らざるを得なく当時監督であった四方田修平氏(現ヘッドコーチ)はまずブロックをしっかり作ってからのカウンター戦術を徹底しましたフォーメーションは3-4-2-1、3-4-1-2とミシャと枚数的には同じですがWBは基本守備専で5バックに近い形からのロングボールカウンターが主な得点パターンですほぼフル出場して序盤戦はエースストライカーとして前線を任され、30試合9得点。途中からジェイが加入し2トップを張る事が多くなりましたさてここでFootball LAB様がデータより算出した2017年都倉賢のプレー指標を見てみましょう, 決定力1は間違いでもなんでもなくシュート97本で9得点(成功率9.3%)なので妥当です実際ジェイが途中加入してあっさり10ゴールを挙げてエースの座はジェイに溢れ落ちました特筆すべきは敵陣空中戦力20という日本人MAXの数字!これもハッタリでは無くジェイとツインタワーを形成してひたすらロングボールを入れまくる「空中暴力」と言われた2017コンサドーレ札幌のサッカーには絶対必要なファクターでしたそして数字化されてない部分を補足すると恐らく贔屓目抜きでフィジカルの強さではJ1日本人選手でも最強かと思われます身体能力が高くゴラッソが多いのでサポ的には大受けでした, もうラガーマンみたいな突進力ですねここまでが2017プレイバックという感じです30試合出場9ゴール5アシスト8警告1退場, ミシャを監督に招聘し前年監督の四方田氏をヘッドコーチに迎えこの年から明確に「攻撃的サッカー」にチームは舵を切ります基本フォーメーションは3-4-2-1で前年と同じですがWBがガンガン仕掛けてシャドーには俊敏性や臨機応変なポジショニングが求められるようになりました恐らくここが彼の転機だったのでしょう1TOPをJ1で屈指のジェイと比較すると基本技量差が圧倒的に差がありシャドーとしても技術と戦術理解度が不足しているためジェイのバックアッパーという位置になり、後半途中からの出場が増えました元々運動量が豊富で後半の相手がバテて足止まった時に使うと効果的です何故か試合終了間際に点を取るという新しい個性が備わったのはこの年ですね試合を決定づけるゴールが多くサポから「諦めの悪い男」と呼ばれジョーカーとして非常に高い評価をされてましたそれでは先程出したFootball LAB様の2018年度データがこちらです, 決定力が上がってますねこの要因として利き足ではない右足でのシュートが上手くなったこと、ジェイと同時起用の場合ジェイが鬼のようにポストプレーでボールを収めたこと、チャナティップの覚醒で押し上げが前年より容易になった事が挙げられます敵陣空中戦の数値が下がっているのはジェイにポストプレー丸投げした結果ですこの年も劇的なゴラッソが多かったのでそちらを, さて2018年度コンサドーレ札幌は過去最高のJ1を4位フィニッシュで終えることが出来ましたがそれに彼の力が大きかったのは動かしようのない事実です, 都倉賢2018年度成績30試合出場(途中出場11)12ゴール2アシスト警告6そしてシーズンオフにセレッソ大阪から7500万円という貧乏なコンサには出せない額のオファーを受け取り移籍を決め、コンサポは荒れに荒れましたセレッソサポさんは移籍が決まった時に「たかが移籍なのにコンサのサポは何ガタガタ言ってるんだ?」と思ったことでしょう, その理由は事ある毎にコンサ愛をSNSで発信し、最終節広島戦で勝てば初のACLという場面でTwitterからサポに向けて「サポのみんな!Twitterの名前に行くぞACLを付けようぜ」と発信し、オレを含め@行くぞACLを付けたコンサポを大量発生させた後に負けてACL権逃したらサポ置き去りで涼しい顔で移籍した事が大きな要因となっています, またこの記事をご覧頂きたいhttps://www.nikkansports.com/m/soccer/news/201712070000346_m.html, ここで「どこかから10億円のオファーがあれば考えるけど」とまるでその額のオファーなきゃ札幌出るわけないじゃん!みたいな雰囲気を常に醸し出していましたがあっさりとセレッソさんに移籍したというこの辺が彼が札幌サポから批判を浴び続ける理由となっています, 今季セレッソの試合ダイジェストに映ってましたがそちらにいってからポストプレーをようやく練習し始めたようで何よりです, オレ個人は山下のことももうどうでもいいですしソウザ選手、デサパト選手、奥埜選手、清武選手、丸橋選手なんかは結構好きなのでセレサポさんには恨みは無いので対戦楽しみにしています!, https://www.nikkansports.com/m/soccer/news/201712070000346_m.html.

昨季j1で12得点。コンサドーレ札幌の絶対的エースとして、j2優勝、j1での上位進出に貢献してきた都倉賢。5年間を過ごし、強い愛着が生まれた北海道を離れ、今季セレッソ大阪へ移籍した。32歳にしてj1キ…

まずはご存知かと思いますが都倉賢のプロフィールを .

そしてプロキャリアを. ちなみに伯父はピンクレディーの「サウスポー」を作曲した作曲家の都倉俊一さんです. 2011年は17節鹿島アントラーズ戦で試合終盤に中足骨を骨折し、シーズンをほぼ棒に振る。, 2012年6月30日の古巣川崎戦でゴール後、イタリア代表で当時マンチェスター・シティ所属のマリオ・バロテッリがEURO2012で披露したゴールセレブレーションを模倣し、イエローカードを受けた。, 2013年シーズン終了後、契約満了により神戸を退団[4]。その後デンマーク・スーペルリーガ2013 - 14シーズン9位のFCベストシェランでトライアウトに参加したが契約に至らなかった[5]。, FCベストシェランのトライアウトに参加している際はJクラブからのオファーを全て断っていたが、その後も近況を気にして連絡を取っていたコンサドーレ札幌が2014年2月末に再びオファーを出した[6]。デンマークから帰国した成田空港で札幌の三上GMに出迎えられ[6]、3月にJ2のコンサドーレ札幌に完全移籍[7]。10月26日のJ2第38節湘南ベルマーレ戦でゴールキーパーからのロングフィードを胸トラップして放ったミドルシュートが2014年のJ2最優秀ゴール賞に選ばれた[8]。また、このゴールは札幌のクラブ通算1000号ゴールとしてクラブの歴史に刻まれた[9]。シーズンオフにJ1昇格が決まっていた松本山雅FCからの完全移籍オファーが届き、95%は移籍へと気持ちは傾いていたが[10]、悩みに悩みオファーを断り札幌へ残留することを決断した[11][12]。サポーターが掲げた『都倉来年も熱い刺激を俺たちに』が決断した要素の一つになったと都倉自身が公言[10]。, 2016年3月6日、J2第2節のFC岐阜戦で自身初となるハットトリックを試合前半で達成した[13]。シーズンオフに今まで複数年契約を固辞し単年契約だったが、今回は自身初となる複数年契約で合意した[14]。, 2017年は自身4年ぶりのJ1出場を果した。8月28日に第一子となる女児が生まれ、9月9日のJ1第25節ジュビロ磐田戦で父親として初試合で同点ゴールを決め、ゆりかごダンスを披露した[15]。J1では自身最多となるリーグ戦のシーズン9得点を記録した。, 2018年、4月8日のJ1第6節名古屋グランパス戦でシーズン初ゴールとなるバイシクル弾が、4月度の月間ベストゴールに選出される[16]。4月17日のJ1第8節柏レイソル戦で自身のJ1通算100試合目となる試合で、クラブJ1アウェイ通算100号ゴールを決めた[17]。5月5日、J1第13節ガンバ大阪戦でバイシクルシュートを決めて勝利に貢献し、自身Jリーグ通算100ゴールを達成[18]。8月19日のJ1第23節FC東京戦でクラブJ1ホーム通算150号ゴールを決めた[19]。8月25日のJ1第24節清水エスパルス戦でも得点を挙げ、自身初のJ1リーグ二桁得点を達成した。この得点は札幌通算70得点(カップ戦も含む)であり、バルデスが持つ札幌通算得点記録に並んだ[20]。この年リーグ戦で記録した12ゴールはすべて後半に挙げたもので、そのうち「同点ゴール」「決勝ゴール」といった「チームの獲得勝ち点に影響を与えたゴール」が6点、「後半アディショナルタイムに挙げたゴール」が5点にのぼった。, 2019年シーズンよりセレッソ大阪に完全移籍で加入[21]。2019年3月30日、第5節のベガルタ仙台戦で移籍後初得点を決めた[22]。その後もレギュラーで活躍するも、5月11日に行われた横浜F・マリノス戦で右膝前十字靭帯損傷および右膝外側半月板損傷で全治8カ月の離脱となった[23]。この怪我の影響でリーグ戦11試合1得点で終えた。, 月刊コンサドーレ 2014年8月号 道新スポーツ 13-17頁 2018年8月21日閲覧。, http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20140219/169780.html, http://www.consadole-sapporo.jp/news/2014/03/016310.html, 都倉がまたもバイシクル弾!“不敗神話”継続で札幌がクラブ記録10戦負けなし…G大阪はアウェー連敗続く, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=都倉賢&oldid=79893211.